初期設定の倫理──選ばせない設計をめぐって
「この画面、最初からチェックが入ってるんですよ。これって、ありなんですか」。プロダクトの設計をめぐる打ち合わせで、若い設計者がそう問いを投げた。問題になっていたのは、メール配信に同意するかどうかの欄に、あらかじめチェックが入っている画面だった。先輩格の設計者が、腕を組んで応じる。「ありかなしか、で答えると間違える。まず、なぜそれが効くのかを考えよう」
「効く、というのは」
「人は、初期設定をほとんど変えないんだ。面倒だから、というだけじゃない。『最初からこうなっているなら、これが標準なんだろう』と受け取る。初期値には、推奨されているという暗黙のメッセージがついて回る。だから、どちらを初期値に置くかは、それ自体が強い誘導になる」
デフォルト効果
「行動経済学だと、これはデフォルト効果と呼ばれている」と先輩は続けた。「セイラーとサンスティーンの『実践 行動経済学』でも、初期設定の置き方が人々の選択を大きく左右する例がいくつも挙げられている。臓器提供の意思表示の方式を変えるだけで、同意の割合が大きく動く、という話は有名だね」
「じゃあ、最初からチェックを入れておけば、同意する人が増える」
「増える。だからこそ、危ういんだ。利用者が『よく考えて選んだ』のか、『初期値のまま流された』のかが、区別できなくなる。同意を得たことにはなっているが、その同意の中身は薄い。後で『そんなつもりはなかった』と言われても無理はない」
助ける初期値、誘導する初期値
若い設計者が食い下がる。「でも、初期値が全部悪いわけじゃないですよね。便利なことも多い」。先輩はうなずいた。「そのとおり。初期値は、本来は利用者を助ける道具なんだ。たいていの人にとって無難な選択をあらかじめ用意しておけば、いちいち全部を決めずに済む。問題は、その初期値が『利用者にとって無難』なのか、『提供する側にとって得』なのか、という向きの違いだ」
「向き、ですか」
「うん。利用者の利益に沿った初期値なら、それは親切だ。だが提供側の利益を優先した初期値を、さも標準であるかのように差し出すなら、それは誘導になる。同じ『初期値を置く』という行為でも、向きが逆を向いている。表示は同じでも、意図がまるで違う」
変えやすさという、もうひとつの軸
議論はもう一つの論点に移った。初期値をどちらに置くか、だけでなく、それを変えるのがどれだけ簡単か、という軸だ。「初期値が提供側に有利でも、ワンタップですぐ変えられて、その存在がはっきり見えているなら、まだ救いがある」と先輩。「逆に、初期値が無難でも、変更の導線が深く隠されていたら、それはそれで不誠実だ」。これは、本サイトで論じる通知とサイレントの線引きとも通じる。何を既定にし、何を見せ、変更をどれだけ手の届くところに置くか。設計の倫理は、たいていこうした細部に宿る。
もっとも、すべての初期値を「利用者が自分で選ぶ」状態にすればよいわけでもない。何も初期値を置かず、あらゆる項目を空白のまま差し出せば、利用者は膨大な選択に圧倒される。注意は限りある資源だ。選ばせないことが配慮になる場面も、確かにある。
結局、二人がたどり着いたのは、初期設定そのものに善悪はない、という地点だった。問われるのは、その初期値が誰の利益に向いているか、そしてそれを変えることがどれだけ容易で、どれだけ見えているか。チェックを外して打ち合わせは終わったが、若い設計者の手元のメモには、こう書き足されていた──「初期値は、最も静かな主張である」。
参考資料
- Richard Thaler, Cass Sunstein『実践 行動経済学(Nudge)』(デフォルト効果と選択の設計)
- Nielsen Norman Group によるデフォルト設定とフォーム設計に関する解説 — nngroup.com
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