業務フローの棚卸しに同行して
地方都市の卸売会社、事務所の一角。長机に模造紙が広げられ、色とりどりの付箋が貼られていく。「受注メールを開く」「内容を基幹システムに入力する」「在庫を確認する」「出荷指示を出す」。一枚ずつ、業務の手順が言葉になって貼り出されていく。自動化の相談に訪れたという中小企業診断士に同行して、私はその棚卸しの場に立ち会っていた。
意外だったのは、ツールの話がまったく出てこないことだった。診断士はまず、ひたすら「いま何をしているか」を聞き出す。「このあと、どうしますか」「それは、誰がやっていますか」。担当者が答えるたびに、付箋が増えていく。一時間ほどで、机の上には、誰も全体像を把握していなかった一日の流れが、ようやく一望できる形で並んだ。
書き出して、初めて見える
「自動化って、ツールを入れることだと思ってました」。受注担当の女性が、苦笑しながらそう言った。診断士は首を振った。「道具はいちばん最後です。まず、いまの流れを見えるようにしないと、何を機械に任せていいか分からないんですよ」。流れを書き出すと、思わぬものが浮かび上がってくる。同じ情報を二つの台帳に手で書き写している箇所。ある担当者が休むと止まってしまう手順。普段は意識されない作業の重複や偏りが、付箋の並びとして可視化される。
とりわけ目を引いたのは、「例外処理」の多さだった。通常の流れの脇に、「ただし、この取引先のときは別の様式」「金額が一定を超えたら上長に確認」といった但し書きが、いくつも付箋で足されていく。担当者の頭の中にしかなかった分岐が、机の上に現れる。中小企業庁の中小企業白書でも、業務の属人化はデジタル化を阻む典型的な壁として繰り返し指摘されてきたが、その「属人化」の正体は、まさにこうした明文化されていない例外の束なのだと、目の前で腑に落ちた。
自動化に向く作業、向かない作業
付箋が出そろうと、診断士は色分けを始めた。「頻度が高くて、判断がほとんど要らない繰り返し作業」には、自動化に向くという印。受注メールから定型項目を転記する作業などが、ここに入る。一方、「例外が多く、その都度の判断が要る作業」には、保留の印。先ほどの但し書きだらけの箇所だ。「ここを無理に自動化すると、例外のたびに人が介入することになって、かえって手間が増えます」。
判断軸は、本サイトで論じたRPAとAPI連携の使い分けとも重なっていた。どの道具を選ぶかの前に、そもそも何を任せ、何を人の手に残すかを決める。診断士のやり方は、技術の選定ではなく、仕事の輪郭を描き直す作業だった。
棚卸しそのものが効いていた
半日の作業を終えて、興味深い変化が起きていた。まだ何一つ自動化していないのに、現場の表情が少し軽くなっていたのだ。「これ、わざわざ二回書いてたんですね」「この確認、いらないかも」。流れを見える形にした途端、担当者たち自身が、無駄や重複に気づき始めた。診断士は最後に、模造紙を写真に撮りながらこう言った。「自動化の半分は、実はこの作業で終わっているんです」。
もっとも、棚卸しは一度きりでは完結しない。業務は日々動き、取引先が増えれば例外も増える。きょう描いた流れは、半年後には少しずれている。だから可視化は、導入前の準備というより、続けていく習慣として根づかせる必要がある。自動化の成否を分けるのは、どんな道具を選んだかよりも、自分たちの仕事の形を、繰り返し描き直せるかどうか──事務所を出るとき、私の手元には、付箋だらけの一枚の写真が残っていた。
参考資料
- 中小企業庁「中小企業白書」(業務の属人化とデジタル化の課題に関する記述)— chusho.meti.go.jp
- 情報処理推進機構(IPA)「DX白書」(業務プロセスの可視化に関する記述)— ipa.go.jp
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